萩往還Cレポ【7】ゴール

山口100萩往還マラニック大会 C70km
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萩往還Cレポ【6】明木~64.2km

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午前6:02 第2ウェーブでスタート。
午後6:03 開始から12時間が経過し、この時点で制限時間オーバー。
時計の距離はズレているので、この時点で64~65kmくらい。
見ての通りまだ不整地。

0410.png
明るい時間なのが救いですが、山の中での “ ぼっち ” は本当に孤独。
せめてLINEで人とつながっていたい。

この期に及んでまだゴールマットは踏んでいいのか、その直前で制止されるのか、気になる気になる。
なので先着のお仲間さんに確認を依頼。
どれだけ図々しいのやら。

ちなみに後で落ち着いてから聞いた話。
ウェーブスタートのため、ゴール時刻が18:10だとしても「時間内完踏」 の人と 「時間外」 の人に分かれますが
ゴールマットを踏んでタイムが確定された後、ナンバーカードで出発時間(所要時間)を確認し
制限時間以内なら完踏証とメダルがもらえるそうで。
なので本人的に制限時間を過ぎているのが分かっていても、ゴールマットは踏ませてもらえるとのこと。

つまり、AとBの最終ウェーブのスタート時刻が分かりませんが、Cだと最終が6:18出発だったとのこと。
なのでAとBも18分以内だったとしたら、18:18を過ぎたら撤去とのこと。

後になって冷静に考えたら、絶対にそんな時間に帰れないのですが、
走っている時は、ゴールマットがありますように!踏ませてもらえますように!
タイムの計測がされますように!と願っていました。

前の年の完踏率の記録の中に 「時間外完踏」 という枠があったのでせめてそこには!と。


hIMG_0006.jpg
61.7kmの夏木原キャンプ場はどうにか関門前に過ぎたものの、その後に抜かれ続けて最終ランナーに。
C70kmの高低図でもかなりキツイ下り。
スタート直後にキツイ坂を登っている時、「帰りはここを降りられるのか?」 と思いましたがキツ過ぎる!

折れそうな心をどうにか持たせ (実際は泣きながら走った=歩いたところもありますが)
立ち止まることはなく、一歩ずつ一歩ずつ前へ。
そしていよいよロードが見えた~!!!
グーグルマップの ここ

0411-1.png

音声入力なので語尾がグダグダ。
手打ちで修正すらせず。

えぷ61-
EPSONの61km地点、本当は65kmのあたり、1km進むのに36分もかかっています。
ストライド28cm。本人いたって真面目に進んでいますが、さすがにこの数字は笑うしかない。
なめくじかっ。

腰痛はあったにせよ、いくらなんでも・・・。
このあたりを改善しなければ、来年の完踏証は厳しいかと。
関門は通過できたのだから、つまりはこの最後の下りを改善できれば来年は完踏証が手に入れられるかも!
(天気がよければの話)


.°*。。・*.☆*。。・。*。°・**°。。・


ロードが見えた~♬と喜んだのも束の間、このレース最大の危機が。
左上の道路から収容車・・・。
歩いているわたしの姿は車側からはっきりと見えていて、車が停止。

運転席の窓が開き、助手席からは人が降りてきて・・・。
やばい。乗せられてしまう。乗りたくない。

「歩いて帰りま~す!」

聞かれる前、言われる前に先制。
フラフラだったら収容されるので、元気だから!ということを猛アピール。
それほど元気ならもっと走れ!と言われそうですが。

何を話したか、一字一句は覚えていませんが、
助手席から降りてきた会長さんと二言三言会話。
チップ回収のことが問題なようなので、「チップ外します!」 とナンバーカードをめくってその場で回収依頼。

この時刻が18:11頃なので、ウェーブスタートで何時に出たのかを気にされていたようですが
わたしが出たのは6:02なので既に過ぎていますし、ここからゴールまでまだ3.6km。

歩いて帰りたいことを伝えると、その場でチップのついたナンバーカードは回収されたものの
スタッフさんで協議の末、歩いて帰ることは認めてくださいました。
ちなみにわたしと直接話をしたのは会長さん。
前日のBの説明会に出ていたので会長さんを知っていてよかったです。

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「強制収容(になりそうな)ところワガママを言って」 と書いていますが、
ワガママを言ったというか、要望を言ったというか。
あ、それをワガママというのかな?

会長さんから 『車に乗って』 とは一言も言われませんでした。
気持ちを分かってくださって本当にありがたい。

18:29 66.7km 一の坂ダム 残り2.2km

ダムを過ぎた直後、つまり残り2kmくらいだったと思うのですが、
前からオレンジのキャップにオレンジのTシャツの人の姿が。
なんと!お迎えが来た~♬

自らも70km走ったというのに、2kmも迎えに来てくださいました。
姿が見えた瞬間、元気良く手を挙げブンブンブンと手を振って。
これ、どういう対応がよかったのかしら?
心配させまいとする・・・というより本当に元気だったのですが
じゃあなぜ走れないのか?というと 「走るほどの元気がなかったから」 かな。


その頃、会場では 『最後のランナーがゴールしました♬』 というアナウンスがあったとか。
それを聞いたBランナーさんが、まだ走っている人がいるとわざわざ訂正に行ってくれ
それから訂正アナウンスも入ったそう。

わたしのためにみなさんからご尽力いただきました。
皆さんお疲れでしょうに、最後の最後に本当にありがたいこと。

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0412.png

最終ランナーのわたしまでアナウンスをしてくれるかも、という話しでしたが
撤収の時間が来てしまったということで、わたしのゴールアナウンスはなくなりました。
でも撤収前に感動のアナウンスがあったとのこと。
(この時点で走っていたのはわたしだけではないかな。)

いろんな事情もあり、すれすれのラインで諸々の条件で歩いて帰ることが出来
本当に感謝の気持ちでいっぱい。
独りじゃなかったらその優しさが身に染みて号泣していたと思います。
このわたしの70km完踏の最大の功労者はC組女性さん。
この方がいなかったら、「たとえ時間は過ぎていても 自分の脚で帰った! 」 は達成できていませんでした。

迎えに来てくれたC組女性さんと話しながら歩いて帰っていたら、前方にまた見覚えのあるウエアの方が!
C組男性さんも迎えに来てくださいました。70km走った後なのに感激。

そして この角 を曲がったら、ビクトリーロード。

いろんな方のブログやYouTubeで、感動のゴールシーンはインプット済み。
わたしも走り終えたランナーや一般の観光客の方々の声援の中を笑顔でゴールするはずでしたが
19時が近くなり観光客の姿は皆無。
ランナーの姿もまばら。

でもアナウンスのおかげもあり、走り終えてタクシー待ちのランナーから拍手が。
師匠もみんなの荷物番をしながら応援してくれましたので、
そこだけはしっかり走ってゴールへ。

ゴールテープもない、計測マットもない、アナウンスもない、オールスポーツのカメラさんもいない。
でも4人のお仲間が待っていてくれたゴールに18:58 到着。
12時間56分の長旅、計測はされず公式記録はDNFですが、自分の脚で帰ってきました~!!!!!

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オールスポーツさんの代わりに写真を撮ってくれたのはC組女性さん。
右後ろにお仲間さんが写っています。
師匠はタクシー乗り場前でわたしのを含めた分の荷物番。

撤収作業は大方終えていたのだと思いますが、大会本部スタッフの方がまだ居てくださいました。
最後は大会参加者としてではなく、一般人としてでしたが、そうはいっても心配をかけてしまいました。
本当に遅くまでお世話になりました。
そして何より気持ちを汲んでくださってありがとうございました。

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早くゴールした人には信じられないくらいの長時間待たせてしまいましたが
無事に5人ともゴール。

本当は全員で完踏証を持って、メダルを提げた写真が撮れればよかったのですが
わたしが遅くなってしまったのでそれは叶わず。
でもでもでも! 自分の脚で帰ってきた~!!!

スタート前に置いていった荷物と、中間地点から戻ってきた荷物の
二か所に分かれている荷物は既にお仲間さんが回収済み。
みんなお風呂にも入りたいし、ビールが飲みたい人もいるし!写真だけ撮って会場を後に。


わたし、走りながら決めていました。
来年も来ます!




ということで、走ったレポはこれにて終了。
あとは3日と5日の旅行記を書きます。(*^^*)


応援ありがとうございました。(*^^)

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